今回は美容のことではありませんが、皆さんも調べてみてください。
きっかけは国内での最後の戦い「田原坂(たばるざか)」のことを調べたことでした。
私はこれまで、田原坂といえば歴史の教科書や歌に出てくる「遠い昔の戦い」としか思っていませんでした。ところが改めて調べてみると、実際その地に立ってみると、そこには想像以上に生々しい現実がありました。人々の暮らしが奪われ、多くの命が散ったその地の記録に触れたとき、胸の奥が震えるような気持ちになったのです。
そこで次のような事を思ったのです。
1. 私の「76年」と遡った「76年」
今年は「終戦から80年」という節目の年です。
私は「昭和24年(1949年)」生まれで、今年で「76歳」になります。
ふと思いました。自分の生きてきた「76年」をそのまま遡ったら、何があったのかと。
「1949年-76年=1873年」、これは「明治6年」です。
そのわずか「4年後(1877年)」に、日本人同士が最後に大規模に戦った「西南戦争」が起こります。田原坂はその最大の激戦地でした。
2. 田原坂の戦い
田原坂の戦いは「明治10年3月」、熊本の北で始まりました。薩摩軍(西郷隆盛側)と政府軍が激突し、およそ「17日間」にわたり銃声と砲声が鳴り止まなかったと伝えられています。
当時の熊本は春先で雨が多く、戦場はぬかるみ、兵士も馬も泥にまみれながら戦いました。歌に歌われた「雨は降る降る 人馬は濡れる 弓はとぶとぶ 士は死ぬ…」は、その苛烈さを物語っています。
田原坂だけで「4000人以上」が命を落とし、戦死者は坂道を埋め尽くすほどだったといいます。銃弾の雨が降り注ぎ、数分で数百人が倒れるような戦いもあったそうです。
さらに悲惨だったのは、戦場となった村々の人々です。家は焼かれ、田畑は荒れ、避難した住民も飢えや病で苦しみました。女性たちは傷ついた兵士の看護に駆り出され、戦火に巻き込まれることも少なくありませんでした。まさに村全体が戦場になってしまったのです。
西南戦争は日本国内での最後の大規模な内戦となりましたが、そこから戦いの近代化が始まりますね。
3. 明治から昭和までの「76年」
その後の日本は、外に向かって戦いを重ねていきます。
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1894年(明治27年) 日清戦争
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1904年(明治37年) 日露戦争
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1914年(大正3年) 第一次世界大戦
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1937年(昭和12年) 日中戦争
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1941年(昭和16年) 太平洋戦争
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1945年(昭和20年) 終戦
わずか「76年間」にこれだけの戦争。国は拡大しましたが、その裏では数え切れないほどの命が犠牲になり、国土は焼け野原となりました。
4. 戦後から今までの「76年」
一方で、私が生まれてからの「1949年~2025年」の76年はどうでしょう。
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1950年代 戦後復興、高度経済成長の始まり
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1964年 東京オリンピック
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1970年 大阪万博
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1980年代 バブル経済
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1990年代 バブル崩壊、阪神淡路大震災
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2000年代 IT時代、東日本大震災
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2020年代 コロナ禍
経済の波や災害はありましたが、少なくとも「戦場になる」ことは一度もありませんでした。自由に学び、働き、家族を持ち、平和な暮らしを送ることができました。
5. 二つの76年の違い
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1873年~1949年の76年 → 田原坂から始まり、戦争に次ぐ戦争の時代
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1949年~2025年の76年 → 戦争のない平和と復興の時代
同じ76年でも、これほど中身が違います。私は「平和な76年」を生きてこられたことに、心から感謝しています。
6. 次の世代へ
しかし、この平和は「当たり前」ではありません。田原坂で倒れた人々、そして戦争で命を落とした数えきれない人たち。その犠牲の上に、私たちの今があります。
今年「終戦80年」を迎えるにあたり、強く願います。
どうか次の世代、そのまた次の世代も「平和な76年」を歩んでほしいと。
田原坂をきっかけに遠い昔を調べたことで、「戦いの76年」と「平和の76年」の重みを改めて感じました。
皆さんはどう思われますか。
新規のお客様の多くは“いきなりショート”を選ばない
ここで、実際のサロンワークに触れておきます。
今回の動画もそうですが、「くせ毛が強くて髪が多いから、ショートにはしたくない」とおっしゃる新規のお客様はとても多いのです。
初めて来店される方の多くは、いきなりショートにはされません。
理由はシンプルで、「本当にまとまるのか」「似合うのか」への不安があるからです。
また、髪の量が多く、クセも強い場合は、カット時間もかかります。
一気に短くするよりも、ロングから少しずつ段階を踏んで信頼関係を築き、いずれショートに移行していく――これが現実的な流れです。
[公開期限 2026年01月25日 08:52]